余白を織る ― 日々の片隅から ―

第4回 母のいない世界で

母が亡くなって、二年が経った。
あの日から、私の中に一枚の幕が下りたように感じる。
この世界が現実なのか、あるいは母のいない仮の世界なのか、
ときどき分からなくなる。

母が在宅介護を選んだのは、余命宣告を受けた八月中旬のことだった。
驚くほど速い段取りで、ケアマネさんや主治医が決まり、
九月にはベッドや医療機器が家に入り、
生活は一気に「介護モード」へと変わった。

それでも、母は元気そうにふるまっていた。
頭痛や発熱が続き、味覚も失われていく中で、
最後までトイレもお風呂も自分でこなした。
ポータブルトイレを置いたのは、亡くなる前日。
介護用のおむつを買いに走ったのも、たった二日前だった。
ほとんど使う間もなく、母は逝った。

その夜、母はうなされながらも声を発さなかった。
私が呼びかけても反応がなく、ただ、苦しげに息をしていた。
翌朝、急に静かになった。
ほっとしたのも束の間、呼吸がどんどん浅くなり、
私は父と娘を呼びに走った。
三人で母の名を呼び続け、
母の右目から一粒の涙が落ちたとき、呼吸が止まった。

先生が到着したのは、それから三十分後。
死亡診断書に記された時刻は、
母が息を引き取ってから少し経った後の時間だった。

あれから二年。
母のいない暮らしにも慣れたはずなのに、
どこかに常に薄い膜がある。
あの世とこの世の境が、
少し曖昧になったまま生きているような気がする。

ときどき思う。
もし母が今、ここに戻ってきたら、
知らないことがたくさんあって驚くだろう。
世界は変わり、私も変わった。
それでも、母のいない世界はやっぱり寂しい。

泣けるわけじゃない。
ただ、むなしい。
もう誰も私をほめてくれない。
そんな小さな喪失感が、静かに胸の奥に残っている。

— 奈津


🐾まねまるの一言
「母の記憶は消えないニャ。
“思い出す”という形で、いつも奈津の中に生きてるニャ🌸」


✎ シリーズについて

このエッセイは、行政書士である私自身を投影した「奈津」という架空の人物が語り手となり、
日々の小さな出来事や心の揺れを綴っています。
フィクションとして、けれど私の分身として――「余白を織る」シリーズをお届けします。

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